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「あぁ。美空は俺の幸せの鳥だからな」
柔和に喩える彼を選べば、二度とここには戻れない。でも今その手を取らなかったら、彼と今生の別れとなる事もなんとなく察する。怪盗ラメールは、今や指名手配された盗人だからだ。それでも、母と彼を愛情の天秤になんてかけられなかった。恐らく彼はそれを承知で、私の囚われている籠を開けたのだろう。この凄惨な鳥籠から飛び立つか否かは、私に委ねられている。優しい人だね、いつも私に、自分自身を愛してくれと言っていたもんね。今日からやっと、私の事も貴方の事も、本当に愛せるようになるのかな。
一度だけ躊躇したが、結局私は彼の手をとった。触れた掌の温もりに、手首の痛みが解かれていく。胸がきゅうっと締め付けられた。
「先生は、黒い白鳥なんだね」
「それは美空にだけだ。……今口づけたら、怒るか?」
「……いいよ。もう、覚悟は決めたから」
彼は優美な所作で立ち上がり、砂糖菓子を摘むように片手で優しく私の腰を抱いた。メッセージカードは彼が私と指を絡ませた時に滑り落ちて、私の手からするりとリボンが地に伏せた。今私の両の手にあるのは、青薔薇と彼の手の体温だけだった。
「……もう先生とは呼ぶなよ。一般人に溶け込むために、教職に就いていただけだ。……これからは、凛と呼ばせてくれ」
そう囁く彼を見上げると、吸い込まれるような黒曜の双眸と目が合う。彼は屈んで、私は背伸びをして。自然と彼との距離が近くなって瞼を閉じた瞬間、触れた唇の熱が伝わって胸を焦がした。暗闇でも分かる彼の感触に僅かに吐息を零すと、彼の舌が私の唇を舐めて口内に雪崩る。思わず瞼が力むくらい舌を吸われ、歯をなぞられ、唇に噛みつかれて、沸いた脳裏がチカチカした。小さな水音達が夜空に泡となって消え、緩徐に唇を解放された後も、なまめかしい余韻に意識がふわふわと昇ったままだった。
暫く、見つめ合っていた。燃え立つようなじっとりとした彼の瞳が美しくて、無意識に口元が綻ぶ。それを見て、彼も和らいだ表情を返してくれた。
「……湊さん」
「……そろそろ行こう」
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