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スタッフルームに入ると同時に、私の目からは大粒の涙が零れた。
風間さんのことを気にすることもできないまま、堰き止めていたダムが決壊してしまった。
エプロンのポケットからハンカチを出してそっと涙を拭うのだけど、次から次へと溢れ出すものだからとても誤魔化しきれない。
ふと振り向いた風間さんは、特段驚くでもなく、仕事用でもない優しい表情で呟いた。
「はは、泣きすぎ」
「……」
「まあ、もう後には引けないし諦めて彼女になって」
「……うっ……」
本当なら、勝手にこんなことを言いふらされて、怒るところのはず。
モテる人の気まぐれな行動はよく分からない。
なのに、風間さんの手を握りしめたまま嗚咽してしまった。
“もう誰からも必要とされない”
“私のことなんて好きになってくれる人はいない”
そう思っていたところで、たとえ嘘の彼女としてでも私を必要としてくれることがただ嬉しかったのかもしれない。
風間さんを前にすると、私は私じゃないみたいに心のままに行動してる。
諸々の失態により風間さんに対しての羞恥心が消えているのかもしれない。
風間さんは私が“彼女役”が嫌で泣いているとでも思っているだろう。
こんなとんでもない提案を引き受けられるわけが無いと思っていたのに、今の私は、間違いなく風間さんの存在に救われている。
あんなに苦手だと思っていたのに、この大きな背中に寄りかかりたくなってしまう。
──この時の私は、この選択が後に私を酷く苦しませることになるだなんて、思いもしなかった。
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