第三章

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 一番混雑してる時間だった。お客さんの出入りが激しい時間帯、扉が開いた音がしていらっしゃいませの言葉と共に入口を見ると、笹木さんが立っていた。深くマフラーを巻いた顔は青白い。一瞬、息が止まった。なんで、外に出ても平気なの、一人でどうしてここに来たの。いろんな言葉が浮かんで、のどに詰まったように出てこない。 「いらっしゃいませ」  後ろからお母さんが追い越す。すれ違いざまに、体調が悪いなら休んでなさい、と耳打ちして彼女へ接客に向かった。何か話している。その内容は分からないけど席に案内され、そこには深くフードを被った人がいた。あんな人、居たっけ。店内にひっそり座っていて目に留めなかったフードの男の人に彼女が話しかけると封筒を差し出した。笹木さん、男の人が怖くないの、何を渡したの。騒がしい店内の音が遠のく。強調されたみたいに二人だけが店内の喧騒から浮いている。男は封筒を受け取ると鞄に入れて立ち上がった。もう用はない、とでもいうように背中を丸めて歩いていく。目の前を通り過ぎる時間がスローモーションのように感じた。去っていく後ろ姿に咄嗟に手を伸ばした。 「あの!」  思ったより強く手を引いてしまって、彼は一瞬バランスを崩した。 「ご、ごめんなさい」  体勢が崩れた彼は取れそうになったフードを咄嗟に押さえた。そのフードの下で、長い前髪が揺れ、白い肌に映える泣きボクロが見えた。
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