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「そうか……」
彼はそう言って肩を落とした。私は、そっと指輪ケースを彼の元に戻す。麻地のテーブルクロスの上を滑って、閉じられたケースは彼の手元に置かれた。
新宿都心のど真ん中にそびえ立つ超高層ビルの高層階にあるホテルのレストランから見下ろす夜景はとても綺麗だった。バブル景気が再来したかとでもいうような豪華な飾りに囲まれた、特等席。きっと、彼が奥様にプロポーズした時もこの席だったに違いない。結婚3年目の離婚交渉。絶対にうまくいくはずがないと私は知っている。向こうもかなりの資産家の一人娘だと聞いている。金に糸目はつけないだろう。しかも、たった3年で、離婚となれば、家名にも傷がつく。ましてや、不倫相手がその会社の社員とあらば、絶対に認めるわけにはいかないはずだ。
それを分かっていて、私は彼と付き合い始めた。最初は奥様の愚痴を聞く係。やがて、心の隙間を埋め、肉体的な欲求を埋める役目。私はそれでもいいと思っていた。
ところが、その先を求めてきたのは彼の方だった。自身の立場もわきまえず、私にプロポーズをしようと、何度も、何度も。これが3度目だったろうか。
「今日も泊まっていくだろう?」
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