洋菓子店

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年末の飲み屋街を新田はふらふらと歩きだした。 今朝、目覚めた時からなにかがおかしい。 見慣れたこの街もどこかに違和感を感じる。 従業員との馬鹿げた今朝の問答もそのひとつである。 洋菓子店ではクリスマスが終われば、次はバレンタインデーに向けた販売促進の準備を考えなくてはならない。 10年前に両親が亡くなったのを機に洋菓子店の三代目となった新田は50歳に近づく今日までなんとか店を維持してきた。 一人しかいない従業員は先代の頃から働いてくれている。 今朝の従業員と先ほどの女将との問答に何度も首を傾げながら、新田はスマホを取り出しネット検索を始めた。 検索結果の候補を見て、立ち止まる。 「あれ?なんで出てこないんだ?」 バレンタインの検索結果はどこかの歴史上の人物やせいぜい海外での愛を誓う日ということくらいしか表示しない。 チョコレートを絡めて検索し直しても2月14日のバレンタインデーを示す結果はいっこうに見当たらない。 「どういうことだ、これは?」 新田は狐にでもだまされているかと思い、街並みをぼんやりと眺めながらまばたきを何度もした。 もう家の近くまで帰って来てはいたが、妻に電話を掛ける。 テレビを観ていた妻は面倒な口調で答える。 「なに?そのバレなんとかっていうのは?あなた酔っ払ってるの?早く帰ってらっしゃいよ」 新田の脳は明らかに酒のせいなんかではなく混乱のせいでグルグルと音を立てている。 なんとか家に辿り着くと妻はテレビを観ながら、いつもの通り新田を迎え入れた。 「早くお風呂に入ってちょうだい」 妻へのかすかな期待は裏切られ、ごく日常の時間が流れている。 風呂に入る気力もなく、すべてを忘れるように新田はベッドに潜り込んだ。
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