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日常
あの日以来、新田はずっと混乱の中にいた。
2月14日をバレンタインデーと称し女性から男性へチョコレートを贈る慣習はどうやら人々の中からすっかりと消えたらしい。
いや、消えたというよりも、そもそもそんな慣習など人々の中にはなかったかのようである。
2月に入ってもテレビにも、ラジオにも、新聞にも、インターネットにも、もちろん従業員や女将や妻の口からもバレンタインデーのことなど出てくることなどなく日々が過ぎていった。
2月14日の当日を迎えても何かの悪い冗談だと新田に告げる者も現れない。
新田は自分だけがバレンタインデーを知っているのだと時間を掛けて理解するしか自分の精神を安定させる方法が見つからなかった。
その次の年の2月14日も洋菓子店では何事もなく過ぎていった。
誰もこの日に合わせてチョコレートを買い求める客など誰一人もいない。
ただこの世の中に新田一人だけがバレンタインデーという存在を知っている。
ただ、その感覚も新田の中で少しずつ不確かなものに麻痺されていく。
こうして新田はぽっかりと穴が開いた気持ちのままの日常という日々にただただ慣れていくのであった。
知らないことにすることで毎日の洋菓子店の経営もなんとか続けることができるのである。
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