しょっぱいバレンタイン

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「晩メシは、食べましたか」 つられて敬語になった。 「食べました」 妻の硬い声にも、拒絶というより緊張を感じる。 「明日はホワイトデーですよね」 「はい」 「戻ってきてもらえませんか。……と言いたいところだけど」 この1ヶ月で得た結論を、言葉を選びながら口にした。 「芙美がどうしても別れたいって言うなら、その気持ちは尊重したい」 電話の向こうで小さく息を飲む気配がした。 「……恵介はそれでいいの?」 「よくないよ。でも、自分がダメダメだったことはこの1ヶ月で痛感したから」 俺は少し脚を崩し、壁の木目を見つめながら話した。 「おまえの人格ってやつを考えてなかった。家庭ってオートマティックに回ってるもんじゃないよな。ほんと甘かった、ごめん」 宙に向かって頭を下げた。 「『ぷわぷわクエスト』もやめたから」 「えっ!」 妻が驚きの声をあげた。 「……よくやめられたね」 「ずっとバーチャルの世界にいたみたいなもんだったね、俺。やっと現実世界に戻ってきたよ。それでもおまえや俊介と一緒に暮らす資格なんかないかもしれない。目玉焼きさえ焼けなかったんだぜ。笑えるよな」
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