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「恵介がどんなにだらしなくても、それさえくれればまた10年頑張れるって思ってた。去年の結婚記念日、祈るような気持ちでいたんだよ」
胸が痛んだ。適当なレストランでフルコースを食べ、適当にやり過ごした記念日を思いだす。
「もうあたしのこと女として見てないんだなってはっきりわかっちゃったから、それですぐにパートを始めたの。いずれは直接雇用を目指すつもり。実家に頼らなくても生きていけるように」
「……ごめんな、ほんとに」
「いいよ、もう。ズボンのポケットにキャバクラ嬢の名刺が入ってても、何とも思わなくなったくらいだから」
ジーザス。俺は天井を仰いだ。
ああ、女は強いな。かなわない。
深く息を吐く。そして、明るい口調に切り替えて言った。
「俺さ、明日有休とってあるんだ。遊びに来ないか?」
へ? と妻は洟をすすりながら言った。
「部屋中ぴかぴかに掃除したから。芙美の好きそうなカーペットも買ったよ。俺がカレー作るから、俊介と一緒に食べにおいでよ」
「……まじで言ってるの?」
「まじだよ」
また沈黙が生まれた。俺は妻と自分の心の動きに耳を澄ませた。
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