しょっぱいバレンタイン

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しょっぱいバレンタイン

「行ってらっしゃい。あとこれ」 出勤前に玄関先で渡されたとき、チョコかと思ったのだ、本当に。 毎年バレンタインには、俺の好きなナッツ入りの板チョコを妻からもらうのが定番だったから。 受けとったとき、妙に軽いなと違和感を覚えたけれど、赤い包装紙できれいにラッピングされた薄い箱がチョコである以外の可能性なんて考えられなかったし、妻の様子も至って普段通りだった。 だから俺は、「ん」とだけ言ってそれを鞄に押しこみ、いつも通り出勤した。 いつも小腹が空いてくる午前10時。 社内に漂う2月14日ならではの浮き立った空気を感じてその存在を思いだした俺は、机の下から鞄を取りだした。 特別甘党ではないが、PCに向かって頭を使っているとおのずと脳が糖分を欲する。そんなときにチョコをがぶりとかじるのが好きだった。 赤い包装紙を剥がしとり、ナッツチョコの蓋を開けようとして、おやっと思った。 「OPEN」の部分を一度開封した痕跡がある。その上からおざなりにセロファンテープで留められていた。 テープを剥がし中をのぞくと、折りたたまれた紙が入っている。 チョコじゃねえのかよ、とがっかりする気持ちと、ラブレターでも入れたのか? 恥ずかしいやつめ、という気持ちがないまぜになった。 俺は指先でその紙を引っぱり出し、膝の上で広げてみた。 ――見間違いかと思った。 それはまぎれもなく、離婚届だった。
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