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「有名なんは冬の大三角形かな。」
もう他のお客さんもいないしと、俺はバーカウンターを出て、壁の前に立ってオリオン座のベテルギウスとおおいぬ座のシリウスとこいぬ座のプロキオンを指で結んだ。
「こいつらが他の星を見つける目印にもなるんや。」
てっきりただの暇つぶしで有栖さんは聞いてきたのだと思っていたのが、えらく真面目な顔をして相槌を打つものだから、俺は少し嬉しくなっていた。
「例えばな、このオリオン座のすぐ右上に赤くて明るい星があって、これがおうし座のアルデバランって言って……。」
俺のうんちくに有栖さんは嫌な顔ひとつしないで、むしろ興味津々に身を乗り出してまで聞いてくれるので、俺はすっかり調子に乗って色々な星の名前を彼女にレクチャーしていた。
「今日は来て良かったな。知らないことを知れたし。」
そんな風に言って彼女は笑うのだ。そう、有栖さんは本当はすごく可愛らしく笑う人なのだ。ただ仕事に追われて、笑うことは隅におき忘れて、愚痴をこぼしてしまうだけなのだ。
「ねえ、このへんでは見られないの?」
「このあたりは無理やなあ。空がネオンで明るすぎるわ。もう少し住宅街の辺りまで行けば一等星ぐらいは見えると思うけど。」
「そっか。」
残念そうに肩を落とす彼女に、俺は店の奥のワインクーラーから白ワインを一本持ってきていた。
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