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「これからどうする?」
そう話を振られたのは、濡れた足をバスタオルで綺麗に拭いて、再び自分のスカートに履き替えて、ソファーに座って一息ついた時だった。
時刻は午前4時を回ろうとしていた。どうするなんてズルイ聞き方をする。決定をこっちに委ねるなんて。タクシーを呼んで帰るのかここに泊まるのか。私がまだ20代前半の純真な女の子だったら、「どうするってどうする?」って一人脳内パニックを起こしているか、「もしかしてこの人は私のことを好き?」とか、幸せな妄想をしていただろうけど、もうそんなバカげたことを考える年齢でもない。
「大和くんはどうしたい?」
尋ね返してやったら、彼は苦笑して私の隣に腰を下ろした。
「ズルイなぁ、有栖さんは。」
「お互い様でしょ。」
可愛げのない言い方しかできない。そんな私の手をこの人はぎゅっと握った。
「帰らんとって。」
「……そう言うところがズルイんだよ?」
替えの服は職場にある。下着も。年に2回、夏と冬に店では棚卸し作業という一大イベントがある。店を閉めた午後8時から始まり、一晩かけて在庫伝票と実際の商品が一致しているかをチェックしていくのだ。これがなかなか大変で、在庫伝票が4なのに、実際の商品が3枚しかなかったら、見つかるまで捜索をし続けなくてはならないのだ。
棚卸し作業の日以外にも、年始の福袋やバーゲンのシーズンには仕事に追われて帰れないこともあるので、一応仕事場には翌日の着替えと下着は常備しているのだ。
「シャワー浴びたい。」
大和くんの顔を見れずに呟いた。
帰らんとっての意味。そんなの聞かなくてもいい。こういうことになることは、お互いに随分と前から気付いていたのではないか。私が終電に乗らなかった時から。彼がお酒を飲んだ時から。ううん、もしかしたらケーキを一緒に口にした時から、もう始まっていたのかもしれない。
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