2601人が本棚に入れています
本棚に追加
/279ページ
****
朝、目をさましたら、大和くんはベッドにはいなくて、部屋には香ばしいコーヒーの匂いがした。
「起きたん?」
ベッドから体を起こして、キッチンの方を見やると、朝ご飯を作っている大和くんがいる。見間違えたと思って、洋服の袖で瞼をこする。自分が着ているのはサイズの少し大きい大和くんのスゥエットだ。
「どないしたん?驚いた顔して。もしかして昨日の記憶がないとか?」
「あ、あるよ。覚えてる。」
キスしたことも抱かれたことも。驚いたのは大和くんの家にいたからじゃない。今までの人生で自分より先に起きて、朝ご飯の支度をしてくれる男に出会ったことがないからだ。
「着替えておいで。仕事、間に合う?」
時計の針を見ると10時になったところだった。ここからなら30分もあれば仕事場に行ける。
「間に合う。」
もそもそとベッドからフローリングに出て、ベッドカバーは丁寧に直しておいた。一夜だけの関係だ。自分の存在を残すことはしない。
「有栖さん、ちょっとおいで。」
「うん?」
ひやっとしたフローリングの感触を少しでも回避したくて、爪先で歩きながら大和くんの傍に近寄った。
キッチンではコンソメのスープとアボカドのサラダができあがっている。トースターではパンが焼かれている。
「味見。」
小皿にコンソメスープをすくって、私の口元に持ってきてくれる。
「……美味しい。」
昨夜、若干飲みすぎたであろう胃をいたわってくれるような味だ。濃すぎず薄すぎないコンソメの味と、中に入ったにんじんや玉ねぎ、ベーコンが程よい柔らかさになっている。
「良かったわ。あ、足寒いん?有栖さん、寒がりやもんな。」
IHコンロの火を消してから、大和くんが玄関からスリッパを持ってきてフローリングに置いてくれた。
「これ履いて。」
「……。」
履く前に大和くんの二の腕の辺りをぐーで殴った。腹が立っていた。なんなんだ!この男は!!
最初のコメントを投稿しよう!