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吉岡里沙がチョコレートを持っていたという田島冴子の目撃談を聞いた時、嫌な気分になった。出社前に見た占いランキングでてんびん座が一番だったからちょっとだけルンルン気分だったのに、水を差された気分だった。
「ねえ、それ本当にチョコレートだったの?」
「間違いないわよ。ピンク色に包装された小さな箱に、リボンまでついてたのよ」
田島の話では、駅のホームで吉岡里沙がサラリーマンらしき男とぶつかった際に、鞄の中身をぶちまけたのだという。
今日は2月14日。バレンタインデーだった。
「いつもと違う大きなバッグなんか持ってきちゃって。あの中にどれだけたくさんのチョコが眠ってるんだか」
静香は首を後ろに傾け、吉岡里沙のデスクに目を傾けた。見慣れないレザーバッグはいつも吉岡が持っているバッグよりも一回りも二回りも大きかった。
「義理チョコ禁止の連絡文書流れてるのに」
「読んでないんじゃない、あの子のことだから」
静香の会社では二年前に義理チョコ禁止令が発令された。バレンタインの義理チョコやホワイトデーのお返しが社員の負担になっていることを問題視した社長が、働きやすさ改革の一環として発令したのだった。誰に渡すとか、チョコレートの値段とか、バレンタインのイベントでは考えなくてはならないことが多く、会社として禁止にしてくれるのは静香やほとんどの女子社員にとってありがたいことだった。
「ほんと、迷惑」
静香が睨み付けたその先に、デスクの主である吉岡が現れ、静香たちの視線に気づくと無邪気な子供のような顔でニコッと笑った。男性社員からは、あの笑顔はずるい、癒やされる、と評判のスマイルである。
静香はそれを無視するように顔を背けると、パソコンに向かい自分の仕事に戻った。
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