445人が本棚に入れています
本棚に追加
/181ページ
8月になり、悪阻がひどくなりキチンとした食事が取れなくなった。
「由良さん、朝から吐いたの?」
一路さんは心配してトイレに飛んで来る。
8月のお盆明けの休みを利用して、一路に車を出してもらい引越しをした。
莉梨子と…出る事が希望だった。
でも、子供は大事だ。
(一路さんとも、留衣子さんと莉梨子と話し合って、留衣子さんのマンションを出る事に決めた。
職場に近い、どう考えても一路さんの部屋の方が身体は楽になる。
ただ……淋しい。)
一路と、好きな人と暮らすことも仕事が続けられる事も、幸せで嬉しいけど…寂しい。
朝御飯が一人分、お弁当がふたつ、巽のわがままも聞こえない。
こっそりお菓子を買ってご褒美にあげることもない、莉梨子の嬉しそうな声も聞こえない。
自分が休みだと、一路がお店に行くと、途端に寂しくなる。
お店の賑やかさが、ひとりの静けさを増幅させる。
ソファに座り、そのままコテンと横になる。
動けないまま、時間だけが過ぎる。
「なんか、食べなきゃ…。明日も仕事だし…。」
検診に行った時の、先生の言葉を思い出す。
「悪阻があるのは当たり前の事ですから、心配しなくて良いですよ。個人差はありますけど、少し酷いかな?多少、無理しててでも、食事して下さいね。」
仕事の日は吐いても不思議と体は動く。
でも、休日は体に力が入らない。
「不思議だ…。私、仕事以外、取り柄ないのかな?」
自分で自分が嫌になる。
「由良さん、具合どう?」
上から覗かれて、びっくりして起き上がる。
「えっ、一路さん、お昼休憩ですか?ごめんなさい、私はいいので食べて下さい。」
「出掛けますよ?気分転換。よいしょ…。」
抱きかかえられて、車に乗せられる。
「えっ?これ部屋着…ていうかパジャマ…。すっぴんだし、ええ?」
由良の声を無視して車は発進した。
「一路さん……何を考えて……。」
「靴ないから、迎えに来る時持ってくるね。」
抱えられて、マンションに入る。
一路さんは引っ越しの時も、エントランスにしか入っていないのに、迷わずエレベーターを押す。
「何で?」
エレベーターの中で聞く。
「それそれ…由良さんに戻った。うちに来てから悪阻酷くなって、休みの度に心、ここにあらずで…辛いんでしょうけど、僕もちょっと落ち込む。」
そこまで言うとエレベーターは13階に着いた。
最初のコメントを投稿しよう!