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「シャワー貸すから。その、うん。ごめん」
衣服の貼りつく感触が気持ち悪く、三月の夜空は濡れた体に優しくない温度だった。
でも他人の老廃液で衣服が張り付いてる彼女の不快感には到底及ばないだろう。
汚くて狭いアパートの一階、僕の下宿先のベランダの手すりに、
彼女は華麗に着地してみせた。
「ここからの足場がない」
「足場?」
「床から離れてないとあいつらに掴まれるし、私はある程度高い場所からでないと
飛べない。なんかこう、床より高いとこじゃないといられないんだよ」
僕のベランダからも、黒い触手がひょろひょろと伸びているのだった。
「あの触手、屋上固有の現象じゃないんだ……ちょっと待ってて」
僕はベランダで湿った靴を脱いで、月明かりを頼りにスイッチを押した。
ぱちっと明るくなった部屋を見渡し、学習机と椅子、そして冷蔵庫が一つきりの
狭い部屋であることを再確認した。冷蔵庫はコンセントを抜いてある。
冷蔵庫を横に倒し、机を押して窓に寄せた。椅子はキャスターつきだから、
やめておいた方がいいだろう。
「一メートルぐらい跳べる?」
「余裕」
ぴょんとベランダの手すりから机に飛び移る。
机の下のフローリングから、短い触手が生えた。
「あ、悪い。土足だった」
脱いだ赤のピンヒールをベランダに投げて、冷蔵庫に飛び移る。
僕は風呂場の折り畳み式扉を開けて明かりをつけてあげた。
扉を支えにして、器用に浴槽のへりに立つ。この下宿の狭さがいいように作用している。
「汚れた服は洗濯機に突っ込んどいて。タオルと着替え置いとくけど、下着は、えー」
「パンツは濡れてないから替えは要らないぞ」
それは何よりだよ。
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