一、神様が死んで腐ったやつ(春)

5/105
前へ
/300ページ
次へ
彼女の左足が浮いて、体重が塀の外にかかる。ノートの端を掴んだ時には右足もつま先立ちで。 あ、落ちるよ。 僕の脳みそが囁いた。 落ちて、死んじゃうよ。僕のノートのせいで死ぬの?そんなくだらないことで。 僕のせいで死ぬの。 僕はまともに動いてくれない手足を適当に突き出して、彼女に掴みかかり、 倒れ込むように体重を後方に預けた。背中に本日二回目、冷えたコンクリートの感触。 引きずり降ろされた彼女も、したたかに体を打ちつけた。 「おいっ……」 彼女が混乱した声を出すのを聞きながら、僕はわりと迅速な行動をとれたことに安心していた。火事場の馬鹿力が、僕なんかにも備えてあるのだ。しばらくは動きたくない。 「――きか」  ん。 僕の足首を掴みながら彼女は呻いた。なんだろう、はずみで骨でも折れてしまったのだろうか。僕はのそりと上体を起こして様子を見た。 「殺す気かッ!」 ようやく聞き取れた言葉は明らかに僕への怒りで、 けれど彼女が今危機に瀕していることに関しては、僕はあんまり悪くないような気がした。 「違うよ。ごめん」 僕の心にもない謝罪をよそに、彼女は襲われていた。
/300ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加