一章~日替わり定食と酒と愚痴~

2/11
431人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
50代半ばくらいの風貌の男性は、今年娘さんが婚約されて家を離れてからここ最近は妙に元気が無い様に見える。大切な娘さんが自分の元から巣立って行く背中を快く送り出す事はさぞお辛かったでしょうに…と切ない気持ちになりながらも適切な励ましの言葉が思いつかず、さり気無く話題をずらした。 「珍しいですね、この時間帯に来て下さるの」 普段は会社のお昼休みに週3〜4くらいの頻度で来店されるのだが、今日は夕方のこの時間(19時を回る前)に1人で食事をされているという事は奥さんと何かあったのでは?と頭の片隅で悪い思考を巡らせてしまったものの、堺夫妻に限って喧嘩など滅多にない筈 と返事に耳を傾けた。 「あぁ、実は今日から妻が旅行に行っていてね」 「旅行…ですか、お1人で?」 予想から遠く離れた返答にきょとんと目を丸くした坂月は思わず聞き返した。 「いや、友人と2人でさ 折角子育てに手を掛ける必要がなくなったんだ、偶には私の居ない所で少し羽を伸ばしたいだろうと思ってね」 「堺さん…」 一瞬でも良からぬ事を想像した自分を恥じたい。 幾つになってもこんな風に奥さんを気に掛けられる素敵な男性が旦那さんなら世の女性は喜んで人生を共に歩んでくれるのだろう。 自分ももっと相手の気持ちを理解してあげられる人間だったら己の人生にバツが付く事も無かったのだろうか…と坂月は過去の自分を不甲斐なく思った。 「それより紘くん、あそこの彼、様子が変じゃないかい?」
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!