一章~日替わり定食と酒と愚痴~

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元奥さんは自分の仕事に誇りを持っていてとてもしっかりとした女性だった。そんな彼女と過ごして1年が経ったある日、突然父親が他界して坂月1人になった店の経営を手伝いながら、自身の仕事に没頭していた彼女はやがて心身共に余裕が無くなり坂月との口論が日課となっていた。そして痺れを切らした彼女に離婚届を突き出されたのだ。 そして1人取り残された坂月は今まで彼女に頼り過ぎていた自分を悔やんだ。元々仕事熱心な彼女の気持ちを考慮し、バイトの1人や2人雇えば良かったのだがそうしなかったのは今まで家族内だけで回していたこの店に深い思い入れがあったからだ。そして決して口には出さなかったが、奥さんと2人で店を営む事を少なからず期待していたのだ。 それでも生じてしまった亀裂を修復するのは難しく、悩んだ挙句に彼女との別れを決断したのだ。 「だから今悩んでいるのなら、進むのはゆっくりでいいと思うんです」 そう呟いて励ますように咲真の肩に自身の掌を重ねたが、その手は小刻みに震えていてその振動は咲真にもしっかりと伝わっていた。 「まだ気持ち癒えてないんですね。辛いんじゃないですか、紘さんも」 いつの間にか肩から外された右手は咲真の両手に包み込まれていて、散々働かされたその手を慰めるかの様にじんわりと彼の体温が温もりが伝わってきた。 熱を孕んだ瞳が射るようにジッと此方を見つめていて、同様にその視線を絡み合わせる その瞬間今まで感じた事のない複雑な感情が芽生えた気がした。 「俺、今日はもう帰りたくないです」
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