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 こんなに早く、夫と死に別れることになるとは思わなかった。  確かに、年上の人である。  おそらく私が看取ることになるのだと思っていたが、この摂津の地とは思わなかった。  摂津守に再任されてはいたが、再度の再任はない。なので、あと一年ばかりすれば、京へ帰任したであろうに。  夕餉の時に楽しそうに笑っていたかと思えば、そのまま突っ伏した。駆け寄ったときにはすでに事切れていた。  良い死に方だったといえばそうだが、覚悟なく亡くした私の身にもなって欲しい。 「髪を下すのは、子どもたちが大きくなってからにしなさい」  棟世にそう言われているような気がする。  忌中ならまだしも、喪の期間をずっとこの摂津で過ごすわけにはいかない。七日七日とすぎていく中、大慌てて荷造りをして京に戻る準備を始めた。   まだ物心もつかない息子は、父の顔も知らずに育つことになる。  摂津から持ち帰る財産で食べていける間は良い。  棟世の荘園からきちんと徴収していけるだろうか。  もう一つ。私の清原家の荘園もそうだ。長兄は博打ですって金を借りに来たこともあるような男だ。後ろ盾を失った私から荘園の収益を横取りすることも多いにありうる。延暦寺で出家した次兄は花山院に近侍しているが、僧侶では頼りにならないだろう。  しかも、近侍する相手が花山院では。  頼るべき父を亡くした受領階級の子でも、多少なりとも学問ができれば官吏としての道が開ける。幸い、この子は藤原氏に生まれた。勧学院に入れる。  しかし、頼るべき父を失った若い娘ほど悲しいものはない。  娘に、種違いの兄だと言って、別れた則光の息子に頼らせるのは気が引ける。異父兄を頼ると言うことは、異父兄を婿取ることでもある。  あの子は凡庸。  この子も凡庸。  非凡なお人に頼らせたい。  娘にさせられることは一つだ。  宮仕えである。  もともと、もう二年もすれば、娘は年若いが一人前の女房になれただろう。  高齢の父を持つ娘である。いずれ父と別れるときのことに備えて出仕させなければならなかった。  それを早めねば。  以前、后の宮さまがお隠れになった後に、赤染衛門の君に娘を預ける話をしたのだが、赤染衛門の君は覚えておられるだろうか。和泉式部の君も同席されていた。預ける先はどちらでも良いのだ。ただ、できれば、奔放な和泉式部の君よりも質実剛健な赤染衛門の君の方がこの娘には安心できる。  中宮さま、というと不思議な気もするが、中宮さまにお仕えすることにより、その父君、土御門のあのお方の威光におすがりすれば、この子の道は開けよう。また、荘民が中宮さまにお仕えする娘や、その弟を幼いと見て軽んじることもあるまい。  私もどこかからお声がかかればそれに乗るべきであろうか。  本心としては、髪を下ろしてしまいたい。  しかし、息子が元服するまでは、髪を下ろすこともできぬであろう。    
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