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だめだ。まったく思い出せない。
「そういえば、この館はとても静かですけど、他に泊まっている方や、それこそ館の主人はいないのでしょうか?」
「ああ……他の方、ですよね」
「はい……」
何だろう……優しげなヘーゼルの瞳が、一瞬冷たく見えた。
しかし、それも気のせいであったかのように、にこりと茶色のミディアムヘアーが揺れる。
「ご主人は昨日お会いした時、ご家族でしばらく旅行に出るから、滞在中はこの館を好きに使って良いと仰っていましたよ。昼頃には揃って出掛けられていましたね。ですので、今この館にはボクとエルサさん、セナさん。そして、到着されているかはわかりませんが、セナさんの恋人。つまりはボクたちだけ、ということになります」
「そう、でしたか……」
館の主人とも何か会話をしていれば、教えてもらえることがあるかもしれないと思ったのだけれど……どうやら、それは叶わないらしい。
となれば、わたしは連れという男性を見つけるしかなさそうだ。
「いろいろと教えてくださり、ありがとうございます」
「いえ。大した力にもなれなくて……」
「そんなことないです。名前や、連れがいることがわかっただけでも、進展です」
「そうですか。セナさんは、前向きで素晴らしいですね。また何かあれば、遠慮なく訪ねてください。数日は、ここに滞在する予定ですので」
「わかりました。ありがとうございます」
お礼を伝えると、トーリくんは何かを思いついたように胸の前で手を叩いてみせた。
「そうです。もしかすると、他にも部屋がありましたから、お連れの方は別室に泊まっていらっしゃるのかもしれませんよ?」
「なるほど……確かに、その可能性はあるかもしれませんね」
「ボクも一緒に、と言いたいところですが。生憎、用がありまして……」
「いえ、そこまでは言いません。覚えていませんし、ついでにこの館を散策してみることにしてみます」
「それは良い考えですね。お連れの方と無事にお会いできることを、願っています。その折には、ボクたちにも紹介してくださいね」
「はい、ありがとうございます。是非、そうさせていただきます」
「いえ。では、ボクはこれで失礼します」
そう言った少年は、食器を片付けるべく調理場へと消えた。
手伝いを申し出たが、すぐ終わるからとやんわり断られてしまった。
そうして所在をなくしたわたしは、食堂を後にしたのだった。
◆◆◆
「さて、と……」
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