失われた記憶

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 階段は二階行きと、もう一つ。同じ折り返し型の、更に下へと続くものがあった。  あることには気付いていたが、さてどちらへ向かうか。  上に行って、また下へ戻るのは効率が悪い。  しかし、客室が地下にあるとは思えないし、勝手に足を踏み入れても良いものなのだろうかと、躊躇した。  そのためわたしは、二階へと爪先を向けることにしたのだった。 「えっと……」  階段を上りきって、後方へと回る。そこにあったのは、一階と同じ、物置だった。  扉を閉めて、隣の部屋の前に立つ。ここは、娯楽室の上にあたる場所だ。  見るからに、客室だろう――館の主人か、家族の部屋の可能性もないとは言い切れないのだけれど。  わたしは一つ息を深く吸って……コンコンコン――ノックをした。  しかし、返ってくるものはない。しんと静まり返っている。  誰もいないのか――やや緊張しながらも、試しにドアノブへ手を掛けてみた。  しかし、ガッという音に阻まれる。どうやら鍵がかかっているらしい。開けることはできなかった。  やはり、主人か家族の部屋であったのだろうか。  もしかすると、連れが鍵を掛けて、中で寝ているのかもしれないが……。  ともかく、わたしはその場を離れることにした。立ち尽くしていたって、何もわからない。部屋は他にもある。  そう思い左側へ向かうと、吹き抜けに着いた。  手すりに手を添えて下を覗くと、やはり。先程立っていた玄関ホールが見えた。  その場から離れ、ホールを右手側にまっすぐ歩く。すると、扉があった。  そこは、どうやら応接室の上にあたる部屋で、書庫になっていた。  自由に入って良いのだろう。様々な本が並んでいた。奥にはバルコニーがある。  立つと、庭や駐車場がゆうに見渡せた。心地よい風に吹かれ顔を上げると、外の景色が広がっている。  玄関から出た時にも思ったが、どうやらこの館は森の中にあるらしい。  どこまでも広がる空と、青々とした緑の森。ぐるりと木々に囲まれた、自然を肌で感じられる館。  遥か彼方には、海のような、煌めく青白の水面が見える。  街の喧騒から離れた場所――わたしは、癒しを求めてきたのだろうか。 「少し、冷えるな……」  ふるりと震える。だいぶと暖かくなってきたが、まだ少し寒い時期だ。風に当たり過ぎただろうか。上着も着ずに、薄着で外に出てしまった。  冷たい風から逃げるように、バルコニーから。そして、書庫から廊下へと出た。  書庫の隣には収納室。そしてトイレ。
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