失われた記憶

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 一人で、今からどうするか。  娯楽室へ行こうか……いや、あったのは一人で遊べるようなものではなかった。  では、どうしたものか。  迷った挙句、わたしは書庫へ向かうことにした。  どうやら、わたしは本が好きなようだ。並んでいる背表紙を見ているだけで、わくわくした。  現在この空間にいるのは、わたし一人だけ。貸し切り状態に、まるで独り占めしているようで、心が躍った。  そうしてわたしは、しばらく本を読んで過ごすのだった。 「ふう……」  時計をふと見上げると、昼を少し過ぎたところだった。  どうりで……と、声を上げた腹の虫を、服の上から押さえる。  少年のように手際よく――という想像はできないが、朝方にたくさんの食材が揃っているのは、ちらりと見た。  わたしにも、簡単なものであれば、何か用意できるだろう。  ちょうど、本も読み終わったところだ。ぱたりと閉じて、元通り本棚に戻す。  立ち上がり、腕や背筋を伸ばした。ぱきぱきと、小気味良い音が鳴る。  そうして書庫を出て、まっすぐ進み階段を下りた。  一階に着いて、玄関を横目に左へ折れて、そのまま食堂へ直進する。  そこにはやはり、誰もいなかった。  隣の調理場へ向かい、冷蔵庫を開ける。  さて、どうしようか。  本当にいろいろと揃っている。野菜や肉類、麺類も豊富だ。  これなら何でも作れそうだ……腕さえあれば。  書庫にいる時もそうだったが、こういった思考に至るということは、おそらく料理は得意ではないのだろう。本棚の前にいた時と、感情の揺れ方が違う。  とにかくと、わたしにも用意できそうなものがあるだろうかと考えながら、今度は棚を漁った。  と、そこで缶に入ったミートソースを見つける。これを使わせてもらうことにしよう。  スパゲッティーを茹でて、缶を開けるだけ。なんて簡単だろうか。  美味しければ良いのだ、ご飯なんてものは。  そう、誰に言うでもなく言い聞かせて。  わたしは、見つけておいたパセリをみじん切りにして、チーズとともに上からかけた。  朝にも飲んだオレンジジュースをコップに注いで、食堂へと運ぶ。  そうしてわたしは一人、優雅に食後の紅茶まで用意して、ランチタイムを楽しんだのだった。 「さて、と」  食器を片付けて、わたしは庭へ来ていた。  食後の散歩と言えば聞こえは良さそうだが、何のことはない。ただただ、暇なのだった。
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