失われた記憶

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 もしかすると、何か目的があってこの地を訪れていたのかもしれないけれど、何も覚えていないのだ。一人では、ただただ時間を持て余してしまうだけ。  豪華な夕食を作る腕があれば、今から下ごしらえでもするのだろうが……生憎と、気も乗らなければ、そんな技術もないようだ。  というわけで、わたしは館の周りをぐるりと、ゆっくり回っていた。 「といっても、周りは木だらけ。館も同じ壁が続いてるだけで、外観に特別な装飾もないし……」  一周は、すぐに終えてしまった。周りを木々に囲まれていることと、館が四角いことを再認識しただけで、収穫はなかった。  玄関の前に戻ってきたわたしは、森の入り口へと目を向ける。  車一台分くらいの幅――舗装もされていない道が、門から遠く向こうまで続いていた。  行ってみようか……いや、やめておこう。バルコニーから見渡した森は、どこまでも続いていた。  歩いて行ったところで、疲れるか、迷うかしてしまうだけだろう。  それに、車やバイクが自分の物であるとは到底思えなかった。所持品の中に車両用の鍵はなかったし、自身が運転しているイメージはまったく持てない。  バイクはあの女性が乗っていそうだ……こちらは、印象にぴったりだった。  ここまで、あのバイクに乗ってきたのだろうか。  車は誰だろう。  それに、わたしはどうやってここまで来たのだろうか。  本当に、何もかもがわからなかった。  やはり、一人で考えていたって仕方がない――結局のところ至った結論に、溜息が零れた。  ともかく、ここは大人しくしていよう。 「ふあ……」  大きな欠伸。憚る人目がないため、堂々としたものだ。  お腹も満たされて、昨夜は飛び起きて――わたしは、睡魔に目を擦る。 「昼寝でも、しようかな……」  呟いて、わたしは部屋へと向かう。  少しだけ……そんなことを考えながら、一人には広いベッドに身を沈め、目を閉じたのだった。 ◆◆◆ 「んん……」  窓から差すオレンジの光に照らされて、目が覚めた。  今は何時だろうか。そろりと体を起こして、思う。  キーツはどこ、と―― 「――キーツって、誰……?」  刹那、一気に目が覚めた。  今、浮かんだ名前――それは、いったい誰のことなのか。  しかし、ずきり。瞬時、またもや走った痛みに、後頭部を押さえる。  あれ……何だかここ、膨らんでいるような……? たんこぶだろうか。  わたしは、頭を打っていたのか。それで、記憶がないというのだろうか。  わからない……けれど、と思う。
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