失われた記憶

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 キーツ。それが、連れの名前なのだとしたら。  そのひとは、もうこの館にいるはずだ。わたしは、ではない。と思ったのだから。  それが、手掛かりではないだろうか。  もしかしたら、広く感じたこのベッドも、二人で使っていて。  運悪く昨日から不在で、会えていないだけなのだとしたら。  であれば、そのひとが帰って来ることを、わたしはここで待っていればいいのではないか―― 「――本当に……?」  そうなのだろうか?  わからない。  けれど、隈なく探したあの時に、他にひとはいなかった。  そうであると信じたい。  でなければ―― 「とにかく、起きよう……」  わたしは、ベッドから起き上がる。喉が渇いてしまった。何かを飲もう。  そう決めて、食堂へ向かうべく部屋の扉を開けた。 「っ――!」  しかし、わたしはそこで立ち尽くしてしまった。  これ以上ないというほどに、自然、目が見開かれる。  息を呑むとはこういうことかと。どこか冷静な頭が、そんな情報を処理した。  ギィ……手を離れた扉だけが、音を立てて勝手に開いていく。  果たしてそこには、昼間にはなかったはずの光景が、眼前に広がっていた。 「え――?」  ――ぐらり。よろめく足元で、。柔らかくも存在感のある感触とともに、奇妙な音がした。  それは通常、廊下では決して聞くことなどない響き。  突如として肥大する心臓。鼓動が警鐘を鳴らすかのように、音量を増す。  いったい何の音? 何かを踏んだようだけれど……。  見てはいけない――そう思うのに。  裏腹に、好奇心がむくりと頭をもたげた。  そろそろと、視線だけを足元へやる。  と、靴の下――そこには、が転がっていた。 「ひっ――!」  ガンっと、左肩が扉にぶつかる。  息が止まる。  瞬きは忘れてしまった。  ぶつけた痛みなんて感じる余裕もなく、ただただ目の前にあるそれらを凝視した。  理解が追い付かない。  これは何だ。  何が起こっている。  どうして廊下は、壁は、のか。  この赤の、正体は……。 「まさか、これ全部、血……?」  鼻を刺す、錆びた匂い。赤黒い液体――この(おびただ)しい量は、どこから……。  そして、いったい何の――  吸い込んでしまった匂いに、むわっと込み上げる吐き気。  口元を押さえ、その場に蹲る。  しかし匂いの元へ近付いてしまったがために、頭がくらっとした。 「――セナ!」  傾いだ体を受け止めてくれたのは、ロングのブロンド、エルサさん。  力強い腕で、立たせてくれる。
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