失われた記憶

19/24
前へ
/112ページ
次へ
「え――」 「あたしらを油断させるため……とか?」 「そんな……セナさん、どうして……」 「ち、違……本当に、わたし――」 「んな顔で言われたって、説得力ねえよ」  蔑みの視線――なのに、わたしの口角は上がったままだ。  どうして……どうして、こんなことに……。  良くしてもらったひとたちに誤解されて、疑われて、睨まれて、距離を取られて。  あんなものを、見たというのに。  わたしの表情は、恍惚に染まっている―― 「あーあ。ったく、すっかり騙されちまった」 「本当ですね……噂の正体。そのものご本人だったのならば、あのような小芝居は無意味でしたのに……」  噂に芝居って……いったい何のことなのだろうか。  言いながら、二人ともが俯いてしまう。  どうしよう……嫌われたか。はたまた、呆れられたか。いや、そんな生易しいものじゃない。  いったいどうしたら、この誤解は解けるのだろう。  わたしが動けずにいると、ゆらり。  エルサさんが、俯けていた顔を上げた。 「ったく、最初っから言っといてくれよ。そしたらさあ、無駄な時間使うことなかったんだからよお……なあ――あんたが噂の、猟奇殺人犯なんだろ?」 「え――?」 「もう良いのですよ、知らない振りは。幼稚なごっこ遊びは、止めにしましょう? だって、この館を真っ赤に染め上げたのですから――それが、何よりの証ですよね」  このひとたちは、何を言っているんだろうか。  二人の様子が、おかしい。  先程までの、わたしを軽蔑するかのようなそれとも、また違う。  ――彼らは、豹変していた。 「なあ。いっつもそうやって館に来たやつらを騙して、バラバラのぐちゃぐちゃにしてんのか?」 「そうなのですか? さすが、噂をご自身で流されるだけありますね。相当な自己顕示欲の持ち主とお見受けします……満たされないのですね。そうして、繰り返すのですね。ねえ、どうですか? 今もその頭の中は、ボクたちのことを切り裂く妄想でいっぱいなのでしょう?」 「やった時さあ、どうだったんだよ。やっぱり今みてえに笑ってたのか? 愉しかったのか? なあ、どんな気分だったんだよ」 「それで、いったい何を使われたのですか? 処理は、どうされたのですか? もったいぶらずに聞かせてください。是非、教えてくださいよ」 「な、何のことを言って――わたしが、殺人犯?」  愕然と目の前の二人を見る。  またもや脳内で警鐘が鳴り響いていた。  きっと、いや確実に。
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

283人が本棚に入れています
本棚に追加