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わたしは、このままここにいてはいけない――そう、本能が告げている。
「んだよ、あくまでもしらばくれるってか……じゃあ――」
――殺すか。
「――え?」
小さな呟きは、確かに耳へ届いた。
それは、歪んだ口元――エルサさんから発せられた言葉。
冗談ではなく、見下された鋭い視線から投げられた声に、この瞬間。
わたしは、女の敵になったことを知った。
「あたし、身内には甘いんだけどさ……あんた、同じ匂いがするし。だから、仲良くなれると思ったんだけどよお……なのに嘘吐きやがるし、性懲りもなくしらばくれるし……ってえことはさあ、裏切る可能性があるっつーことだろ? 歩み寄る気なんざねえってことだろ? そんなやつとは相容れないね。仲良く? んなの無理だよなあ……それにあたし、トーリを傷付ける可能性があるやつは、ぜってえ許さねえんだよ。そいつは徹底的に壊す。んで、殺す――ってえことだから、死ね」
「あ……あ……」
震えて声も出せない。
縋るようにトーリくんの顔を見る。が、その瞬間に愕然とした。
あの優しい瞳が面影さえ残さず。今や残虐な笑みを浮かべ、冷たい視線を放っていた。
もう、ここに救いはない。
やっぱり、わたしの直感は間違っていなかった。
「わかりました。今からあの女は、エルサさんの敵ですね。であるならば――ボクの敵、ですね」
「トーリ、く……エ、ルサ、さ……」
「ああ、良いですね、そのお顔……ボク、もっと見たいなあ……さあ、どうぞ。みっともなく泣いてみてください。叫んでも良いのですよ? 遠慮なんて、いりませんから。恥ずかしがらずに、ね? だって、どうせもうすぐ壊れて動かなくなってしまうのですから……だからその前に、いっぱい声、聞かせてくださいね?」
すらりと、トーリくんが取り出したのは、何の変哲もない包丁だった。
だが、それは既に赤い液体で汚れている。
気付いた瞬間、思わず口元を手で押さえた。
再び口角が上がる。触って実感したそれは、止められそうにない。
そうして唇を隠したままに、わたしはおそるおそる、思ったことを口にした。
「も、もしかして、あれをやったのは……」
「あ? 何言ってんだ、あんただろ。いい加減とぼけてんじゃねえよ。しつけえな」
鋭く刺さる視線。しかし、何故だろうか。そこに嘘はないと感じた。
「わ、わたしじゃないです……あんなこと、わたしには、できません……!」
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