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「どうだか……じゃあ、何だ? あんたじゃなきゃ、誰がやったっつーんだよ。あたしらか?」
「それも、違う……と、思います……」
「あん? 何だ、それ」
「わからないです……でも、エルサさんとトーリくんはやってないって、そう、思います……」
「は?」
指をぽきぽきと鳴らして。首をごきごきと回して。
女は胡乱な目でわたしを見る。
「じゃあ、誰だよ。今すぐ連れてこい」
今すぐ――そんなこと、言われても……。
「あー、そういやあんた。連れがいるとか言ってやがったな」
「キーツ……」
思わず漏れた声……すぐにそれが失言だと気付くが、遅い。
放った言葉は、二度と返らない。
「へえ? キーツってのか、そいつは」
「おや、それは初耳です。連れの方がいらっしゃることすら、わからないといった反応をされておられたのに。やはり、すべて演技だったのですね。ここで名前を口にされるとは……とんだ女優ですね、セナさん。名演技でした。本当にボク、すっかり騙されてしまいましたよ」
「ち、違うんです。本当に忘れてて……さっき! さっき、寝て起きたら、思い出してて……」
「寝て起きるたびに一個ずつ思い出すってか? ははっ、何だそれ」
「でも、本当に――」
「るっせえよ……吐くんなら、もっとマシな嘘吐きな」
「そんな……」
「もういいや……あんたと話すのめんどくせえ。飽きた――大人しく、死んどけよ」
ソファーに座ったままのわたしに向かって、大股で歩いて来るエルサさん。
武器はなく、手のひらを握ったり開いたりを繰り返している。
どうやら、彼女はその身でわたしを殺そうとしているのだろう。今から暴力を振るおうという女の顔は、愉しそうに歪んでいた。
隣にゆらりと立つトーリくんの手には、包丁。
こちらの顔には、一切の笑みが消えていた。冷酷な瞳が、わたしを蔑んでいる。
このままじゃわたし、二人に殺されてしまう――
じわりと浮かんだ涙が、こんな時に視界をぼやかせる。
ああ、邪魔だ。これでは見えないではないか。
わたしは――
「へえ……」
手加減など微塵も感じられない拳――重いそれは、わたしの頭があった場所を空振る。
わたしは寸でのところでソファーから転がるように落ちて、バタバタと足をもつれさせながらも、急いで扉へ向かった。
震える手で、ガチャガチャと何とか扉を開け放って。閉める余裕もないままに、よろけながらも隣にある玄関へと一直線に向かった。
「ほらほら、逃げろ逃げろ――!」
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