失われた記憶

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 殴られ、蹴られるたびに、衝撃で体が動く。  まるで、サンドバッグだ。  力は、もう入らない。  わたし、このまま死ぬんだ……。  何もわからないままに。  ――ああ、それは、嫌だなあ……。  だって、こんな時なのに、どうしてだか思ってしまうんだ。  顔もわからないのに、その名が消えない。 「キーツ……」  会いたい……。  わたしには、あなたが必要なのに。  ねえ、あなたは今、どこにいるの?  わたしを見ていてくれなきゃ、だめだよ―― 「何だ。もう壊れたのか? 呆気ねえなあ、動かなくなっちまってよ。おら、おーい! ……ダメだ。もう喋れねえか?」 「では、後のことはボクに任せてください。抜かりなく、調しておきますので」 「ああ、好きにしろ。鳴かなくなったオモチャなんていらねえし……ああでも、聞けそうなら聞き出しとけよ」 「わかりました。エルサさん、終わったら――」 「ああ。いつものだろ? ちゃんとくれてやるよ」 「はい……! 絶対ですよ! 忘れないでくださいね!」  女の離れる気配がする。代わるように現れた包丁に、今度こそ終わるのだと思った。 「安心してください、セナさん。ボク、長いので、上手いですから。おかしな真似などなさらず、従順に、素直であれば、余計な痛みなど感じることはありませんからね。イイ子でいてくだされば、最後にはちゃんと痛みを感じないように、一瞬で終わらせてあげます。ではまず、気付けのために――手にしましょうか……!」  ぼんやりとした視界に煌めく、夕陽を映した刀身。  振り上げられたそれに、目を閉じた。 「――悪いが、そいつには俺も用がある」  突如として聞こえてきた声は、低い、知らない男のもの。  バタンと扉を開けたと、同時。凶器を蹴り上げ、全員の視線を釘付けにした背中が、まるでわたしを護るように立ちはだかった。 「だ、誰だ!」  動揺したそれは、女の声。  しかし、男は答えることなく、降ってきた包丁――少年の握っていたそれを掴み、すかさず流麗な動きで、喚いた女へと向かって投げた。 「エルサ――!」  咄嗟に伸ばされた少年の腕が、間に合うはずもなく。  刀身は、女の右腕――利き手側を貫いた。  女の悲鳴がこだまする。 「今のうちだ。大人しくしていてもらおう」  そっと囁いて。男は転がっていたわたしを抱き上げ、一足飛びに階段を駆け上がる。  女は床に蹲り、少年はそんな彼女に駆け寄っていて、こちらには目もくれない。 「話せるか」 「あ、あなたは、いったい……」
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