失われた記憶

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 男は客室――扉が開け放たれたままの、わたしの泊まっていた部屋のベッドへと、遠慮なくこの体を放った。  軋む体をなんとか起こして、男を見上げる。  短い銀髪に似合った青い瞳が、鋭くわたしを見下ろしていた。  わたしを助けてくれた。いったい誰なのだろうか。男のひと……まさか―― 「もしかして、キーツ? そうなの? ねえ、教えて。わたし、何も覚えてないの。なのに、こんなことになって……」 「覚えていない? ……まさか、記憶がないのか?」 「そうなの。あ、でも、それはまた後にしないと。今はそんなことよりも、ねえ、どうして二階に来たの? 早くここから逃げないと、あの二人がやって来ちゃう。それに見たでしょ? この廊下の惨状。どこかに、あれをやったひとが潜んでいるかも」 「どうして、そう思う」 「え?」 「その口振りだと、惨状とやらを作った者と、あの二人が別人だと言っているようだ」 「……わからないけど、あの二人は嘘を吐いているようには、見えなかったから」 「ほう……ならば、お前は?」 「――え?」 「であれば、お前がやったのでもないということか?」 「どう、して? どうして、そんなことを言うの?」  会いたいと願っていたひとに、やっとこうして対面が叶ったというのに。  なのに、どうしてわたしを疑うようなことを言うのか。  それに、何故そんな鋭い目で、わたしを見るの――? 「お前には、聞きたいことがある」 「聞きたい、こと?」 「この館をにしたのは、お前か?」  眠れる森の、赤い館?  何それ。どういうことなの? 「答えによっては、お前を許さない」 「キーツ……?」 「俺には、お前を殺す覚悟がある」 「え――」  わたしを見下す長身の視線は、蔑みの刃。  窓から差し込む月明かりだけが、優しくわたしを照らしていた。
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