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暗闇の鬼ごっこ
重力に従ってこの身へ降ってきたのは、沈黙――訪れた静寂が、耳に痛い。
カチコチと規則正しく刻まれる、時計の音。どこか遠くで葉を揺らす、風のざわめき。それらさえ、やけにはっきりと室内に響く。
電気の点いていない、薄暗い部屋。唯一の月明かりでさえ、雲が覆い隠してしまった。
闇夜の中。開けたままの窓から、ふわり。カーテンを揺らす風が、わたしたちを遮って吹き抜ける。
重たい空気が、匂いが。肺をいっぱいに支配して、やんわりと静かに。しかし、確実に胸を圧迫していた。
――こんなにも呼吸が苦しいのは、何故……?
あの二人に誤解されたのが悲しいからか。胸を殴り、蹴られたからか。命の危機によって早められた鼓動が、未だに収まっていないからか。
それとも――
「わたしを、殺す……? ねえ、キーツ。冗談だよね?」
笑ってみせたいのに、頬が引きつる。声が震える――どうして、そんなひどいことを言うの?
質の悪い冗談だと、嘘だと言って。今なら笑い飛ばして、なかったことにできるから――
切なる願いを込めて、縋るように見つめた青い瞳は、しかし。依然として、鋭い刃の切っ先のように、わたしを射抜いていた。
そこには一切の優しさも、慈しみも、労りも、思いやりも、温かみも、遠慮ですら存在しない。
ただただ鋭く見下し、蔑み、冷たく厳しい、愛のない――まるで、憎んでさえいるかのような表情。
だから……言いながら、わたしは力なく、口を閉じた。
――ここにも、希望はない。
今向けられている感情に、一片たりとも嘘はない。偽りも、曇りさえもない。ただただ純粋な、憎悪……。
じわりと、キーツの輪郭をぼやかす涙が浮かぶ。
どうして……どうして、こんなことになったのだろうか。
やっと会えたのに。
それなのに、こんな視線を向けられて。
あんな言葉を投げられて。
わたしは、このひとに殺されてしまうというのか――
はらはらと落ちていく涙を、拭うこともできない。
何も覚えていないというのに、どうしてか……とても悲しい気持ちに支配された。
苦しくて、痛い――殴られ、蹴られたからじゃない。
昨日出会ったばかりのひとに誤解されるよりも。暴力を振るわれるよりも。包丁を向けられるよりも。辛くて、耐えがたい。
ただただ、心が叫び声を、悲鳴を上げていた。
聞き分けのない、子どものように。
わたしにとって「キーツ」は、こんなにも愛しいひとなのだと知れた。
大事で、大切で、大きな存在――
そのひとが、わたしを殺すと言う。
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