暗闇の鬼ごっこ

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 このひとに嫌われたと思う。それだけでも悲しいのに。  憎まれて、蔑まれて――そんな中で、どうして逃げられようか。  どうして、一人で生きられようか……。 「――だったら、殺して……」  呟きは、するり。思っていたよりも簡単に、喉を、唇を擦り抜けて、音になった。 「何?」  険しい顔が、更に皺を刻む。  わたしは吐き出すように、言葉を放った。 「キーツ、あなたが本気なら、わたしを殺して……何もわからないわたしを、あなたが欲しい答えをあげられないわたしを、殺して――わたし、何を言われているのか、全然わからない。ここはどこ? わたしは誰? あのひとたちは何? 何を言ってたの? あの廊下は何? 転がっているのは何? 噂って何? ここで、この館で、いったい何が起こってるの? わたしは、わたしは……あなたに、いったい何をしたの――?」  壊れた涙腺は、捻ったままの蛇口。  残念なことに、蛇口は自分で水を止められない。  ――わたしは、涙が涸れるまでこのままなのかもしれない。  そんなことを本気で思ってしまえるほどに、ぼろぼろと。それは、止まることを知らないようだった。 「……確認ができるまでは、お前を生かしておいてやる」 「え――?」  見上げた瞳は、相変わらずわたしを睨みつけていて。けれど、眉間の皺はどこか辛そうだと、わたしの目には映った。 「勘違いするな。お前が噂の人物だと確定したその時は、殺す」 「キーツ……」 「俺は犯罪者ではない。間違いで人を殺すようなことだけはしたくない。だから、お前の記憶が戻ったその暁には、必ず今の問いに答えろ。逃げることは、許さない」  問い――この館をにしたのは、お前か。  いったい、どういうことなのだろうか。  赤、館――そういえば、あのふたりも噂がどうとか言っていた。  ――あんたが噂の、猟奇殺人犯なんだろ。  ――この館を真っ赤に染め上げたのですから。それが、何よりの証ですよね。 「眠れる森の赤い館って、いったい……」 「……この館に関する噂だ」 「噂……?」 「昔はただの森に囲まれた静かな洋館だった。だが、今は違う」 「キーツ……?」  彼は、どこか遠くを見つめるように壁へ視線をやった。  その表情は、見ている者の胸を締め付けた。 「……つい最近だ。ここが惨劇の館――猟奇殺人鬼の亡霊が棲む洋館だという噂が、立っている」 「え――」  女が言っていたのは、このことだったのか。  少年が言っていたのは、このことだったのだ。
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