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「おまけにその狂った殺人犯は、この話を『眠れる森の赤い館』だとかいう、ふざけた名称で言いふらしている」
「眠れる森の、赤い館……」
「死にたければ、亡霊が殺してくれる。亡霊を暴きたければ、来るがいい――そういった煽り文句が、ご丁寧に添えられて」
「そんな……」
「俺は、この館を血塗られた場所にした者を、許さない」
言って、まっすぐにわたしを射抜くキーツ。
その瞳には、やはり憎しみと。そして、悲しい色が見え隠れしていた。
猟奇殺人……ここで、そんなおぞましいことが起きたとは、信じられない。
確かに、手入れが行き届いているとは言い切れない館かもしれないけど。だけど、どこにも惨劇の痕跡なんてなかった。
そういう意味では、綺麗だった。
でも、噂じゃないんだよね。
この扉の向こう――あの廊下が、その証。
そして、それをわたしがやったと、疑われている――
「殺人って……いったい、誰が被害に遭ったの?」
「それは、わからない」
「え?」
わからないって……殺人が起きたのに、そんなことがあるのかな……?
しかし、ちらと窺い見た男の顔は、真剣そのものだった。
「遺体は出てきていない。噂が一人歩きしている状態だ」
「噂が……あれ? でも、そんなことがあるのかな……?」
「何だ」
「その、そういえばなんだけど。昨日の昼には館の主人が旅行に出掛けたって話を、聞いたから……」
主人の家族が、揃って旅行へ行った。
噂が本当なら、呑気に旅行などしている場合ではないだろう。
彼も言いたいことを汲み取ってくれたようで、わたしの言葉に怪訝な顔をした。
「昨日の昼? 有り得ない。被害者と見なされている人間が、旅行中だと?」
「え――」
被害者と噂されているのは、館の主人?
それじゃあ、この話は――
「その話、誰が言った?」
「さ、さっきの、包丁を持っていた、彼が……」
「あの男か……何か知っているのかもしれないな」
ぼそりと呟くように言って。青い目がわたしから外れた。
ねえ、何かって、何?
トーリくんがわたしに嘘を吐いていたと、そう言うの?
「とにかく、俺はお前がその噂の人物だと睨んでいる。そうだった場合、お前を殺すのは俺だ。あの二人に何をしたかは知らないが、他の者になどくれてやるつもりは毛頭ない。だから、真相がわかるまでは、死なないよう守ってやる。俺から離れることも、逃げることも許さない……精々、あの二人に殺されないよう気を付けるんだな」
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