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「どういたしまして」
「トーリ、腹減った!」
「はい。すぐにお持ちしますので、待っていてください」
言葉通り、少年はすかさず戻ってきた。女性の目の前に、先程わたしがいただいたものと同じ朝食が置かれる。
挨拶もそこそこに食事を始めた年長者の横で、甲斐甲斐しく世話をする少年。
わたしは、そんな彼らをこっそりと眺めていた。
そういえば、この二人。同じ部屋に泊まっているのだったか。
姉弟か……それにしては、似ていない。その上、姉をさん付けでは呼ばないだろう。ということは――
「セナさんは、お気になさらず。どうぞ、冷めないうちに」
「あ、はい。いただきます」
ふうっと息を吹きかけて。温かな紅茶に、口を付ける。
ほうっと染み渡る感覚に、息を吐いた。
「美味しい……」
「良かったです。まだありますので、遠慮なく仰ってくださいね」
「ありがとうございます」
にこりと微笑んで。それから少し真剣な顔つきになった少年は、女性の隣に腰掛けた。
「では、セナさん。改めて確認をさせていただきます。――やはり、何も覚えていらっしゃらないのですか?」
大きな口で掻き込んだのだろう。女性の目の前に置かれたプレートは、既に綺麗になっていた。
ぺろりと唇を舐めて。少年と二人、こちらを見つめる。
彼らの視線を受けて、わたしはおずおずと口を開いた。
「はい……ここが宿泊先の館だということは、今朝目が覚めた時、無意識に判断したのでわかりました。でも、それ以外は、何も……」
「そうでしたか……。仰る通り、ここは宿泊施設になっている館です。ボクたちは、昨日ここへ着きました。そこで、セナさんにお会いしたのです」
「じゃあ……」
「ええ。申し訳ありませんが、ボクたちはセナさんと食事を一緒にさせていただいた程度の知り合いです」
「そう、でしたか……」
「まあ、そう肩を落とすなよ。起きたらここが館で、泊まりに来たってことを思い出したんだろ? だったらよ、他のことだってふとした時に思い出せるかもしれねえじゃねえか」
けらけらと笑って、にやり。大胆不敵という言葉が似合うひとだと思った。
確かにそうかもしれない。起きた時だってそうだった。
どこかに失くした探し物だって、必死な時は見つからないのに、止めるとどこからか出てきたりするものだ。
意外と、そういうものなのかもしれない。
「にしても、つまんねーから早く思い出せよ。昨日の話の続きができると思って、楽しみにしてたんだからな」
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