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「あっ、探偵さん!」そう言いながら入ってきたのは同じクラスの女の子、アカヌマさんだった。  探偵さんとはぼくのことだ。高校に入ってからぼくは先生の命令で何でも屋のようなことをやっていた。「きみは放っておくと透明な存在になりそうだから、無理矢理つながりを作ることにする」というのがその先生の言い分だった。余計なお世話だ、と最初は思った。ぼくはひとりでいてもまったく苦痛に感じない。人と仲良く、友達の輪に入ろう。そんなものはひとつの価値観でしかない。ひとりでも生きていけると言いたいわけではないが、人の輪に入ると苦痛でしかたがない人だっている。そういう人はひとりのほうが生きていけるのだ。それを頭に入れておいてほしい。しかしぼく自身知らなかったのだが、ぼくは案外人付き合いができるほうだったらしい。先生がそれを見抜いていたのかは知らないが、先生の命令のおかげでぼくは知らない自分に出会うことになった。人に頼まれた仕事をこなす文芸部の何でも屋。悪くなかった。少なくともビジネスライクなつながりはできた。苦痛じゃないし人の役に立つというのは素直にうれしかった。探偵と呼ばれるようになったのは何でも屋としていくつかの事件を解決したからだった。別に大した事件じゃなかったし名推理を披露したわけでもない。ただ依頼人がおもしろがってそう呼び出したら定着しただけだった。単なるあだ名。文芸部の何でも屋(探偵)。名前は他人が呼ぶときに使うものだ。勝手にしてくれ、とぼくは思った。 「探偵さんを探していたの。調べてほしいことがあって」とアカヌマさんが言った。「依頼をしてもいい?」 「もちろん」ぼくはチョコレートを机に置いて言った。 「まず、見てほしいものがあるの」  アカヌマさんは持っていた円形の箱を机の上に置いた。雰囲気からバレンタインのチョコレートかと思ったがラッピングはされていなかったし、チョコレートにしては大きくて高さがあった。ケーキでも入っているのだろうか。アカヌマさんがふたを開けると、中に入っていたのは肉じゃがだった。 「肉じゃがだね」とぼくは言った。 「やっぱりそう思う?」とアカヌマさんが言った。 「どういうこと?」 「わたし、この通りに作ったのよ、これを」
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