甘い宝石に口付けを

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甘い宝石に口付けを

 周りの建物より少し高いこの屋上から見える風景が、俺は好きだ。市街地とスラム街が良く見える。発展と退廃が入り交じった景色。ここから見える混沌とした風景が、お気に入りなのである。  片手に収まる小さな黒い箱。そこから煙草を一本取り出した。火を付け、ゆっくりと紫煙を燻らせる。 「また、吸ってるの?」  いつの間にか隣に立っていたそいつに向けて、ふっ、と煙を吹きかけた。咳き込むその若くて背の高い男を横目に嘲笑を向ける。 「いいだろ、別に。こんなもんで早死にするとか言うつもりだろうが、そんなの関係ないね。どうせ俺は、そう長くは生きられない」 「そうやってまた君は。ダメとは言ってないだろう?」  そんなふうに言っておきながら、男は俺から煙草を奪い取る。まだ半分ほど残っていた煙草を一つ吹かした。もう一本箱から取り出そうとした所を、そいつの片手で阻まれる。 「何?」 「今日はもう止めとけ。最近、また本数増えただろう。味が悪い」 「お前の都合なんて知らないね」 「そう言うなよ。俺はグルメなんだ。餌の管理くらいしないとな」  実に胡散臭いシニカルな笑顔が(かん)に障る。 「ジジィのくせして……」 「ジジィって、俺はまだピチピチの89歳だぞ?」 「十分ジジィじゃねぇか」 「吸血種の中では若輩だよ。そんなこと言ったら、お前だって今年26には見えないだろう。せいぜい15かそこらだ」 「そういう種族なんだよ」 「俺だって同じさ」  くだらない話を切り上げると、懐から小さな折りたたみのナイフを取り出した。刃先を右手首に宛て、慣れた手つきで横に引く。付いた痕から鮮血が溢れ、二つ三つと音を立てて零れ落ちていく。光を吸収して輝く紅い宝石。乱反射しながらコンクリートに落ちるその深紅の結晶を、男は一つずつ大事そうに拾い上げる。その姿が愛しいなんて思ってしまうのは、たぶん病気か何かだ。 「お前ね、いつも急なんだよ。勿体ないだろう」 「ここまで来たってことは、そういうことだったんだろ?」 「そう、だけども」  男は拾った結晶を巾着袋に入れていく。彼曰くこれは『非常食』なんだとか。
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