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第2章 となりの猫一家
次の日。塾講師のバイトから帰宅して間もなく、俺の部屋のドアチャイムが遠慮がちにそっと一回だけ鳴らされた。
こんな控えめな、無理して出なくてもいいんですよお気になさらず。みたいな呼び出し方をする人、多分彼女しかいない気がする。俺は脱いで洗濯機に放り込みかけていた服を慌てて身につけ直し、焦ってインターフォンに向かう。あんまり出るのに時間かけると、申し訳ない表情を浮かべてそそくさと自分の部屋に引っ込んでしまいそうだ。
「あ、はい。僕です。…えーと、小原です」
なんて言って出るもんなんだろ。表札はちゃんと出してるし、一人暮らしなんだから他の奴が応答するわけない。「はい」の一言だけで充分なのかな。
案の定スピーカーからは鈴を転がすような繊細な声が。機械を通しても声の印象は変わらず清涼感のあるあの感じ。
『あの。…隣の仲です。すみません、夜分遅く。今お時間よろしいですか?』
「ああ、はいはい。全然大丈夫です、すぐ出られますから。お待ちください」
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