一.渋谷千代

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一.渋谷千代

 大学一年の夏。それは罪悪感さえ芽生えてしまいそうな長い夏休みで、遠隔地へ進学した私は休暇が始まってすぐに地元へと戻って来ていた。新天地で全く馴染めなかったというわけでは無いけれど、平たく言えば家族や故郷が恋しかったからかもしれない。  戻ってすぐに片っ端から友達へ連絡したのもあって、最初は飲み会や買い物にと忙しい日々を送っていたが、夏の暑さが本格化する頃には予定も無くなり、クーラーの効いた居間のソファでただダラダラと無駄に時間を過ごしていた。そんな時だ、突然から電話があったのは。 「よぅ渋谷(しぶや)。元気してたか?」  久しぶりに聞いた彼の声は以前と変わらず、会っていなかった時間を全く感じさせなかった。…と言っても、高校の卒業以来だから四~五ヶ月しか経っていないのだが。  彼こと逢坂(おうさか)(とおる)は、高校の三年間同じクラスだった言わば腐れ縁という仲だ。一年の時に席が隣同士になったというだけで、特に付き合ったというわけではない。一般的に見て逢坂の印象は『可も無く不可もなく』と言ったところで、それは私にとっても同じだった。けれど全然話さなかったかと訊かれれば、他の男子生徒よりは断トツで話した回数は多い。  気の置けない相手…と言うのが正しいのか、一緒に居て嫌じゃ無かったし、寧ろどちらかと言えば楽しかったのは確かだ。高校卒業が間近に迫った頃、逢坂とは全く別の遠隔地へ進学するとわかった時、もう会えなくなるのかと思ったらどうしようもなく寂しい気持ちを抱いた。  しかし、そんな気持ちを伝えることもなく、私達は別々の道へと進んでいる。 「元気だけど……何?」 「明日花火大会あるの知ってるだろ? 暇だったら一緒に行かない?」  私と同じく地元へと戻って来た逢坂は、どこから聞いたのか私が既に地元へ戻っているのを知っていた。だからと言って、あまりにも急すぎる逢坂の誘いに、私の心臓はドキンと大きく跳ねる。  だが詳しく話を聞いてみれば、何てことは無い。逢坂自身も誘われていて、数人で花火大会へ行こうという話だった。無駄に跳ねた心臓のエネルギーを返して欲しい。  他のメンバーを聞くと、皆高校三年時のクラスメイトだった。しかしその四人とは特に親しかったわけでもなく、逢坂がその四人の誰かと行動を共にしているところも見たことはない。それに何と言っても…これが一番ネックなのだが、その四人共に美男美女で、高校時代によくモテたであろう人達だったのだ。 「何でそこに私を呼ぶのよ!? ヤメてよ」 「そんなこと言うなよ~。俺だってあいつらの中にいるのキツいんだからさぁ…わかるだろ?」 「だったら断ればいいじゃん」 「いやだって、木村とは同じ学部で最近仲いいし。これも付き合いって言うの?」 「だから何でそこに私を呼ぶのよ!?」 「だって俺、高校の頃仲良かった女子、渋谷しかいないもん……」 「……」 「頼むよ千代(ちよ)ちゃん! この通り!!」  こういう時、普段呼ばない下の名前をちゃん付けして呼ぶのって凄くズルい気がする。  こうしてチョロい私は、悔し紛れに(おご)る約束をさせつつ、不毛な花火大会へと参加する羽目に陥ったのだった。
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