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「あのさ、渋谷。俺達…」
ぷ~ん
「やだも~! 足刺された~、痒い~!」
「え……」
「あ、今何か言うとした?」
「あぁ、うん……」
「ゴメンね? 何て言おうとしてた?」
「ええと……俺達さぁ、付き合…」
バチーーーン!
「痛っ! 何すんだよ渋谷!!」
「蚊! 蚊が逢坂の頬吸ってたの今!!」
「そ、そうか……ありがとな。それでな、俺、渋谷のこと……」
バァァアアアン!
今大会で一番の尺玉『10号玉』花火が天高く打ち上がり、とてつもない爆音と眩い光が二人を襲う。
「凄~い! 大きい~!!」
「……」
「あれ? 逢坂、また何か言おとしてた?」
「いや! 何でもない! 何でもないよ!!」
告白を花火にかき消されるなんて、そんなベタ中のベタみたいな状況に、逢坂は自分を地中深く埋めたくなった。そんな彼に追い打ちをかけるかのように、弾幕のような花火が打ち上がり、今大会は最高潮を迎える。連発する天空の華に彼女の視線と静寂を奪われ、逢坂はただただそれを指を咥えて見ていることしか出来なかった。
(何も言えずにこのまま終わるのか? いや待て。言葉以外で何か伝える方法は無いのか?)
そう思い、横から彼女の頬に掌を這わせ、花火から視界を奪った。
見つめ合う二人。徐々にではあるが二人の影が距離を縮めて、渋谷は思わず息を飲んだ。最高潮に達していた花火は段々と数を少なくし、やがてパチパチという光の落ちる音が静寂を呼んだ。
「何?」
「頬に……蚊が止まってた」
「え!? あ…そう、ありがと……」
二人の影がパッと離れると、逢坂は両手で自分の顔を覆って項垂れる。
(Easyモードもクリア出来ない奴が、なに難易度上げちゃってんの!? 馬鹿なの? 俺は!)
こうして残機の無くなった逢坂とひたすら頬を摩る渋谷は、フィナーレを迎えた花火大会会場へと戻り始めるのだった。
* * *
会場へと戻る道すがら、先程から逢坂に触れられた頬の熱がなかなか冷めないのに渋谷は気づいていた。
(やっぱ刺された? いや、違うよね。これは……)
花火を見ている間の会話は何一つ覚えていない。それ程に気持ちは舞い上がってしまっていた。しかし自分の気持ちに気付いたところで、今更過ぎて何と言えばいいのかわからない。
「大体何で関西の大学になんか行ったんだよ……東京の方がどっちかっていうと近いだろ?」
少し前を歩く彼の口から、急に行き場の無い憤りが零れた。
「何ソレ? 逢坂こそそんな苗字して何で東京の大学行くのよ!」
「それ言ったら渋谷の方が東京23区みたいな名前してんだろ!?」
何故急にこんな不毛な言い争いになったのか、渋谷には理解が出来ない。出来ないが……卒業前に抱いたよりも大きな寂しさが今、彼女を襲っていた。
(あの時は伝えられなかったけど、今度は……)
何も言わずに、前を歩く逢坂の小指と薬指の二本だけを握る。凄く驚いた顔で、彼は振り返った。
改めて握り直された二人の手は、そのままずっと離れなかった――
<完>
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