爆ぜる心を縛り、貌を成す

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 空気が、重く、冷たく、凝っていく。  冷気をはらんだ空気が、竜樹の周りを囲っていた。  ずるりと、何か、太いものが地を這う音が聞こえた。  生臭く、湿った呼気が竜樹の耳にかかった。  竜樹の周りに凝っていた空気がぬめりと白く光る。 「ぐっ……!」  次の瞬間にはもう、大人がやっと抱えられるくらいの太さの長い胴体が竜樹を締め付けていた。  白い大蛇が鎌首をもたげ、赤い舌をちろちろと竜樹の前で震わせている。白くにごった赤い目に竜樹が映りこんでいる。 「契約を示すものが破損したとき、式は一時的に凶暴化する……」  式は契約を示すものがなくなっても契約が破棄されることはない。しかし、封印の解かれた式は一時的に我を失い、ただの妖物に戻ってしまう。それが強い妖物であればあるほど強くあらわれる傾向にあり、また、知性の有無によっても変わった。  竜樹の式は一目見て分かるほどに強い。普通、妖物の強さは体の大きさに比例するものだ。 「だから式って嫌いなんだよね」  竜樹を縛り上げ、頭から食らいつこうとしている大蛇を見上げながら、くすべは呟いた。 大蛇の目にはもう、主の姿は映っていない。 「くっ」  竜樹は身をよじって何とか右手を出した。そして、頭から食われる直前、持っていた短刀を投げた。短刀は車輪に巻き付いていた紙を割いて地面に刺さった。  ごくん、と竜樹が飲み込まれる。  車がごとり、と動き始める。 「うっそ、最悪っ」  くすべは驚いて地面を蹴った。胸の痛みに思わず顔をしかめる。  谷と車の間には二十メートルほどしかない。車とくすべの距離は十メートルほどである。助け出す時間も考えるとぎりぎり間に合うかどうかというところだ。  間に合え、と心の中で叫んだ。  そのくすべの前を、疾風のごとき速さで何かが過ぎ去っていった。 「遅くなった」  残った風の中から男の声がした。良く知った声に、くすべは口角を上げた。 「遅すぎ……銀!」
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