なんぴとも 意思をかわせぬ 血の契り 

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 訝しんで右の袂を見た。袖の中に、筆で文字が書かれているのが見えた。 『ゆるしたまへ 我が弟を とらへたり』  己の身体から血の気が引いていくのが分かった。  碧緒は真っ青な顔を上げた。  谷の方から二十歳あまりの女が歩いてくる。白小袖に浅葱色の袴を合わせ、長い黒髪を編んで前に垂らしている。小さな唇には表情がなく、目じりの上がった、意志の強そうな顔をした女だ。  優雅に見えるが、むしろ普通に歩くよりは早く近づいてくる。至極落ち着いているのでそう見えるだけだ。 「うめ姉様……」  足垂 青梅。足垂家長女にしてこの若さで東方家の宰相を務める才女である。  碧緒の袖に呪のかかった短歌を墨で書き込んだのは青梅であった。短歌の形の良い字は青梅のものだ。碧緒はそれに気づいてしまった。  実の姉が、袖に呪いを施したのである。 「青梅殿。やめられよ」  銀竜が車と青梅の間に入った。鞘に納めたままの刀を突き出して、春梅を牽制する。 「御当主はこのことを知っておられる。御当主自らが我らに命じたのだ。碧緒様をお救いせよと。御当主はこの悪しき習わしごとなくすおつもりだ。青梅殿。お家のお定まりに従うことはないのだ。大事な妹君をなくされたくないだろう?」  訴えかける。青梅は歩みを止め、顔を下げた。 「青梅殿……」  顔に影が落ち、悲しんでいるように見えた。 「バカ銀! そいつが話して分かるようなやつじゃないってこと、知ってんでしょ!!」  くすべが叫ぶ。  銀竜がハッとしたときにはもう、青梅は懐から紙札を取り出していた。右手で持った筆で、何やらをさらさらと書く。 「なんぴとも 意思をかわせぬ 血の契り」  青梅が紙札に書いた文字を銀竜に向けると、途端に銀竜 の身体が見えない力に弾き飛ばされた。 「!?」  不意を突かれた銀竜は飛ばされながら宙で体制を整え、着地する。 「青梅殿……!」 「私の答えは申し上げた通りにございます」  『なんぴとも 意思をかわせぬ 血の契り』つまり、血の繋がった者たちのあれこれには、繋がっていない者たちが介入することは出来ぬと言っているのである。
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