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 いつもそうだった。彼女は肯定も否定もせず、ただ微笑むだけ。初めて会った時も例外ではなかった。       様々な靴音と賑やかな話し声が交錯する日曜の駅前。俺は入口を出てすぐ横にある柱に寄りかかりながら、過ぎ行く人々を観察していた。  赤や青、黄色などが混ざり合ったド派手なパーカを着た女子高生らしき二人組が通り過ぎる。今度はGジャンにミニスカートを穿いた女子大生が声高々に笑いながら去っていく。今日は不作だと心の中でぼやきながら、まだ火のついていない煙草を咥えた。俺はいつもこの場所でナンパする機会を窺っていた。  煙草に火をつけようとライターの蓋を開けた途端、つきかけた火花が風に流れる。無意識に目で追うと、柱の右面に女性が立っているのが見えた。  彼女は小花柄のワンピースにラベンダー色のカーディガンを羽織っていて、肩甲骨まで伸びた黒髪はすっと正しい方に流れている。灯台下暗しとはこのことか。だが、今の角度だと顔がはっきり見えない。  俺はばれないようにそっと寄り、写真を撮るふりをしてスマートフォン越しに彼女の顔を覗き見た。仄暗い画面には俯きがちな横顔が少し白く染まって映る。すらりと通った鼻筋に薄い唇。清楚そうで悪い印象を与えない顔立ちだった。だが、その瞳は妙に静かすぎた。  ただ一点だけを見つめ、陽の光を介さない。深い夜のような静けさがそこに宿っているような気がした。そこしれない恐ろしさがあるのに、不思議と目が離せなくなった。物憂げな瞳に誘われるように、俺は思わず口走ってしまった。 「待ち合わせですか?」   いつも使う女性に声を掛ける時の常套句だった。口にした途端、後悔が頭の中を過ぎる。こんな台詞、ナンパしてますと言っているようなものじゃないか。経験上、無視されるのは確実だった。  だが、彼女が顔を上げた瞬間、ふわりと好機の香りがした。さっきまで色を失っていた瞳は、顔が上向くにつれ、陽の光が黒目の曲線をなぞり、すうと闇を消していく。  そして、控えめに口角を上げた。ただ微笑んだだけ。それだけなのに彼女の周りの空気は煌めき、俺の心音ははやるばかりだった。この時、なぜだか俺は彼女の全てを愛することができると本気で思っていた。     
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