一のまま零になる

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 指定された日時、僕は目的地に向かった。そこには、とても大きく、頑丈そうな施設があった。  入館し、顔を隠した職員にカードを見せる。すると早速誘導された。地下深くへと降りてゆく。  それぞれの階には長い廊下があり、狭い間隔で多くの扉が設置されていた。扉の全てに数字札が掛けられている。  部屋番号と階数は関係しているらしく、数字を見れば何階にいるかは直ぐ分かった。 「眠る年数によって指定部屋があるんですよ。個室なんですけどね。確か貴方は五百年でしたよね」 「はい」 「五百年後、何が変わってて欲しいです?」 「…………人が優しくなってて欲しいです。僕、一度で良いから人に愛されてみたいんです。幸せって感情を知ってみたい」 「それは素敵な願いだ。さぁ、着きましたよ」  長い廊下の先、510の札がある部屋に着いた。地下六階まで、長かった。  鍵を回し、職員が扉を開く。その小部屋の真ん中には、棺桶と作動装置のみが置かれていた。開けられた棺の中には、透明な水が入っている。 「では、入っていただけますか? 入り方は――」  説明通り、仰向けになって水に入った。浮力はなく、水の抵抗も感じなかった。顔面が浸かっても呼吸は苦しくなく、寧ろ自然と体に馴染んだ。  眠気を覚える。ゆっくりと五感が薄れてゆく中、声が聞こえた。 「来世では良い人生を」  それを最後に、ぷつりと意識が切れた。
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