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4.トケルオモイ
私はいたたまれず、彼女を励ますために洗い物を置いたままカウンターから出ていった。
「……残念でしたね」
「ずっ、ずどらーすとびちぇ!?」
ロシア語であいさつを返されてしまった。いつも日本語で接客しているでしょうに、相当パニクっているなこの娘さん。
「チョコ、彼に渡そうとしていたんでしょう?」
「あ、はい……でもいいんです、これじゃあ渡せても……」
彼女がラッピングのリボンを解くと、中から溶けて変形したチョコが出てきた。よほど長時間握りしめていたのだろう。
まだ彼の電話は長そうだし、と、私と彼女は改めて自己紹介をしあった(どうでもいいが、私が生粋の日本人であることを強調しておいたのは言うまでもない)。
彼女の名は、若宮優奈。まだ店外で電話をしている青年、翁道彦くんとは10年来の親友だという。
「今更バレンタインチョコを渡すってのも、なんだか気恥ずかしくって」
性別を越えた親友同士が成長するにつれ、異性として惹かれていく。青春だ、あまりに青春だ。
私の見たところ、道彦くんの方も優奈くんを女性として意識し始めているようだ。夏場で優奈くんが薄着をしている時など、目のやり場に困っている様子がしばしば見られた。
お互い意識しながらも、素直になれない二人。そんな二人のために、私はちょっとしたアイディアを優奈くんに提案した……
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