3章 ホテイアオイ

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「いや、そうじゃないわ。女性は汚れた存在だから、入れば山が荒れると考えられていたの。山が荒れると凶作になる。だから女性は富士山に登ってはいけないって本当にそう思われていたのよ」  富士山について調べた時期があった。別に登山したいわけではないが、何故か知りたいと思った。そのときの知識を、姉に披露することになるとは思わなかった。 「馬鹿みたい。汚れているわけないじゃない」  だが姉は、そんなことどうでもいい、と言わんばかりだった。 「でも当時は、女性の月経は本気で汚れているもの、とされてきたの」  私はそう言うと、姉は池のホテイアオイを手繰り寄せていた。もうこれ以上聞きたくないのか、私に背中を向けた。  空は夕暮れから、本格的に夜に変わろうとしていた。姉の背中に注ぐ陽の光も、先ほどまで、真っ赤だったのに、黒を帯び始めている。 「女性で一番最初に富士山に登った女性はどうやって登ったと思う?」  私は姉の背中に尋ねてみた。 「夜中にこっそり一人で登ったんじゃない?」  姉の愚かな答えに驚いたが、その驚きは隠した。姉は富士山に登山することを、近所に散歩に行くぐらいの感覚でいるのだろうか。女性が一人で簡単に登れるとでも思っているのだろう、山の気温の変化に伴う装備や知識、そして登山にかかる時間と体力を一つ一つ必要な物と大変さを過剰過ぎるぐらいに教えてやりたい。     
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