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大通りから一つ入った細い道だった。うす紫のワンピースと黒髪を頼りに辺りを必死に見回した。遠くにその姿を見つけた。何かの店に入ろうとしているところだった。遠くからでは何のお店か分からない。私は走った。
外から中の様子が窺えない造りだったため、その店の前まで来てやっと何の店か分かった。黄色のテントと植物で縁取られたそこは結婚紹介所だった。目新しい建物ではなく、結婚に困った中年がターゲットであろうか、お世辞にもお洒落とは言えず、若者には縁のなさそうな場所だった。
少し躊躇したが、思い切って入ってみることにした。
「あら、いらっしゃい、今日は結婚のご相談かしら?」
ドアを開けると愛想のいい初老の上品な女性が笑顔で返答した。辺りを見渡しても、客はおろか、従業員の姿もなくこの女性一人だけだった。
「い、いえ。今、入ってきたお客さんのことなんですが……」
私はなんと説明しようか戸惑った。
「いいえ、誰も入って来なかったわ。今はあなた一人よ」
笑顔を崩さず初老の女性が答えた。
「そんなはずは……。私、ここに入って行ったのを確かに見ました」
「間違いなく、今誰も入って来なかったわ。おかしな話ね。あなたの見間違いじゃないかしら」
そう言うと初老の女性は品のある笑い方をした。
「確かに見たんです。姉の姿によく似ていました。もしかしたら姉なのかも知れない」
私はそう訴えた後で、自分の言った内容が愚かだと思った。
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