5章 姉の秘密の場所

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 姉はもう死んでこの世にはいない。あの姿は姉であるはずがない。もし、仮にあの姿が姉だったとしたらこの女性に何を望むべきなのだろうか。それにここには誰も入って来てないと女性は言う。  確かに、店内には私たち二人以外の姿は見当たらない。 「仮に誰か入ってきたとしても、それが誰だかは教えてあげられないわ。お客さんの情報を漏らすわけにはいかないの。勘弁して頂戴ね」  客と信頼関係で成り立っている結婚紹介所は、簡単にお客の情報を漏らすわけにはいかないのだろう。 「お姉さまがいらっしゃるの?」  気まずい沈黙に立ち去ろうと思った時に女性が尋ねた。 「ええ、姉がいました。でも先日、交通事故で亡くなったんです。結婚する直前の出来事でした」 「まあ、それはお気の毒に……。あなたも辛かったでしょう」  女性は顔を歪め、呟いた。私はその言葉にゆっくりと頷いた。 「姉は昔から神前式にこだわってました。祖母の着物を着て、厳島神社でするのだと……。あ、ごめんなさい。私、つい余計なことを……」  女性の柔和な笑顔と言葉に気がつくと気を許していた。 「いいのよ。でも珍しいわね。お姉さまって言ってもあなたぐらいの年代でしょう? 最近じゃ、若い人のほとんどが教会での式を希望するのにね。きっと結婚式を楽しみにしてらしたのね」  女性の優しい言葉に、私は黙って頷いた。     
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