1章 惑いの池

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 私の家は、その池の前にあった。辺りは一面緑で覆われている。つまり、田舎だ。土地だけは有り余っているので、引退した両親は、最近、家の周りに畑を作り、園芸を始めた。  私と姉が育ち、今も私が生活しているこの場所は山に囲まれ、とても静かな場所だった。ただ、買い物に行くのは車を使わなくてはならないし、一番近いお店は大型スーパーなのではなく、品揃えの悪い個人商店だ。もし、大型スーパーに行かなければならないとしたら、車で一時間ぐらいはかかる。生活に便利か、不便かと尋ねられたら、おそらく、ほとんどの人が不便と答えるだろう。だけど、私はこの場所が好きだ。  近くに遊び場もないので、姉とはよくこの池で過ごした。天候が良かったら、池からは富士山が仄かに見えるときもある。日本一高い山はもったいぶってなかなか姿を見せてくれない。富士山が見えた日は、とても嬉しかった記憶があるし、大人になった今でも、少し気持ちが高揚する。私は、ここから毎日富士山が見えるかどうか確認する。まるで、私にとっては、朝仕事に出かける前の、情報番組の占いのようだった。     
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