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私は、姉のことは「お姉ちゃん」と呼んでいた。ごく当たり前の呼び方かもしれない。姉のことは、他の呼び名で呼んでいたのだが、ある日を境に、そう呼ぶことを強要させられた。それからは、名前で呼ぶことは許されなくなり、他の色々なことも許されなくなっていった。
姉が亡くなってから、私の恋人である瞬は心配して毎日、家に来てくれた。実家なので、当然両親もいる。両親も学生時代から瞬を知っていたし、愛想の良い瞬を気に入っていたが、私はどうしても恋人と実家で過ごすのは苦手だった。だから、家の前の池で過ごす時間が多かった。
肌寒くても、二人で池を眺めている方が、実家で過ごすよりも安心できた。一日の役目を終え、月と交代しようとしている太陽が仄かな光で私たちを照らしている。
「有華のことを考えているんだね?」
隣に座る瞬が私の方を振り向いた。夕陽に照らされた瞬の横顔に私は言葉を探した。
「そう。それも幼い頃の姉と私。よくこの池で一緒に過ごしたの。特に何をしたわけでもなかったけど、それでもいつもこの場所にいた」
「俺の知らない頃の二人だ」瞬が笑って答える。
その頃の私は、姉がすべてだった。姉が喜んだら、私も嬉しかったし、姉が悲しんでいたら、不安になった。姉に何をされても、腹を立てることもなかったし、そんなことは出来なかった。私が嫌がることをされても、それは仕方のないことだと諦めていた。その想いは、もしかしたら、今でも変わってないのかもしれない。
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