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封筒の下には、私が陽子に宛てた年賀状が束ねられている。一番上にあるのは、家族写真を大きく印刷した今年のものだ。過去の年賀状がその下に重ねられている。
出産祝いのお礼状。新婚旅行先のフランスから出したハガキ。結婚式の招待状。まるで時間を遡るように、手紙類は几帳面に重ねられていた。
かるた部のみんなで撮った写真が出てきた。高校生の陽子と私が笑っている。この頃はまだデジカメなんてなくて、撮った写真は全部プリントしていた。私も同じ写真をもらったはずなのに、あれはどこにいってしまったのだろう。
陽子の誕生日にあげたぬいぐるみの写真もあった。まだセロファンとリボンでラッピングされたままの、ふわふわした白いアザラシ。
「抱いて寝てるよ」
と微笑んだ陽子の笑顔が、脳裏に蘇る。
私が覚えてもいない、何かの包み紙やリボン。
一緒に観に行った映画の前売り券。
陽子のクラスの子に頼んで渡してもらった、他愛ないメモ。
タイムカプセルのような箱だった。中には時間と思い出が詰まっている。
そして、紙箱の底にあったものは、ラミネート加工された一葉の一筆箋だった。
夏の野の 茂みに咲ける ひめゆりの
知らえぬ恋は 苦しきものぞ
丸い癖のある字で書かれた、大伴坂上郎女の短歌。私が万葉集から書き写した、秘めた恋心を詠んだ歌だった。
ああ。
そうだ。やっぱりそうだったんだ。
私は天井を仰いで目を閉じた。
知っていた。
本当はずっと知っていた。
でも、気づいていないふりをしていた。
その方が、お互いのためだと思ったから。
陽子は、私のことを好きだったんだーー
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