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夏の野の 茂みに咲ける ひめゆりの
知らえぬ恋は 苦しきものぞ
(大伴坂上郎女)
この歌を紹介したときの陽子の反応を、今でも覚えている。
当時はまだスマホなどなかったので、私は家にある万葉集からこの歌だけを一筆箋に書き写し、彼女に見せたのだった。
「どう? この歌、すごく良くない?」
陽子はまるで幽霊を見たように驚いた顔をして、私をじっと見つめた。
その顔を見た私の方もびっくりして、
「何? どうしたの?」
と聞いた。すると陽子はにやりと笑って、
「さてはあゆみちゃん、また好きな人ができたんだねぇ」
と私を冷やかした。
陽子曰く、私は「惚れっぽいタイプ」だった。気になる人ができればすぐに陽子に報告し、1年に3回はその対象が変わった。
逆に陽子は、2つ上のいとこのお兄さんを、一途に想い続けているということだった。盆と正月くらいにしか会えないけれど、それでも好きなのだと照れ笑いを見せた。
告白なんてとてもできない、と言う陽子の気持ちに、ぴったりくるような歌を見つけたと思っていたのに。
私の方がからかわれてしまったのだ。
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